コラム No. 48

機内サービス

約一年ぶりに海外出張に行く。航空会社は最近は○社に決めている。溜まったマイレージが惜しいというのが本音だが、もう一つ理由がある。

この○社の機内サービスは定評がある。悪い方の定評だ。海外旅行を知っている人に、○社で行くと云うと大抵は眉間にしわを寄せる。時には「マゾだったのか?」と真剣に聞く友人や、航空券がそれしかとれなかったのかと同情の眼差しを送ってくれるものもいる。

そんな機内サービスの劣悪さはもちろん乗っている私自身がよく知っている。けれど、○社に乗る理由は、自分の感覚をちょっと確かめたいためだ。機内で快適に過ごせたことなどないので、どうせならちょっと役に立つことをしようと思う。この機内で受けるほぼ全てのサービスが、私にはWeb上の反面教師になる。

先ず客室乗務員。多くが女性であるこの職種の体格を話題にすることは失礼この上ないとは重々承知で書く。体格がミスマッチである。サービスを提供する側の人間が、通路とほぼ同じ幅を持つ。客の誰もが交差して進むことができない。我がもの顔でサービスしてやっているという態度は、サイト管理者を思い起こさせる。セキュリティだ、サーバメンテだ、それぞれに充分に必要性も重要性もある仕事だが、さも自分がこのサイトの大将であるかのような振舞いでしたならば、きっとこの客室乗務員のように見えるはずだ。サーバは「お上(かみ)」のようなイメージで捉えられがちだが、実はサービスするもの、仕えるものから来ている。サービスを提供してやっていると思ったら、サイトの目的は主客転倒する。そもそも「来て頂く」という感覚の大切さを思い出す。

出発して食事も終わると映画が始まる。その時には窓を閉める、閉めさせるのが客室乗務員らの仕事だ。そのときの態度も勉強になる。客が寝ていようが何をしていようが、ポンポンと肩を叩き、無言で窓を指さし、指をゆっくりと下げる。一言も言わないこともある。もちろん機内はかなりうるさい、だから話しても聞こえない可能性は高い。しかし、客を客と思っていないのは明らかだ。どこのレストランで、客に窓を閉めさせるときにあんな態度をとるだろう。お茶を配るときも、客がコップを差し出しても、受け取りもしないで空中で注いだりする。間に別の客がいる場合など、どう考えても何滴かはしたたり落ちる。でも客室乗務員らは窓を閉め(させ)、お茶を配るというタスクをこなしていると思っている。私は何か勘違いしているように感じる。そんな彼らを見ながら、自分のサイトでこんな風に来てくださる方を扱っていないかと考え込む。

食事の予告は、ここ十年間、一枚の紙が渡されるだけだ。そこには、一見配られる時系列順にメニューが並んでいる。しかしよく見ると、「or」で結ばれたメニューが混じっている。何度見ても左右に並列に並べて書いた方が分かり易い。それでも、印刷の手間かデザイン代をケチっているのか直列に並んだものしか見たことがない。その紙切れを見ながら、もちろん頭はWebサイトのメニューレイアウトやラベリングを想っている。客がそのメニューを前に頭を抱えている姿、あるいは色々廻った挙句に「先に言ってくれよ」と文句を言いたくなるような難解なメニューを考える。

そして食事。よくもこうした素材をここまで不味く調理できるものだと感心する。別に私の舌は肥えている方ではないが、美味いと感じたことは殆どない。これはサイトに掲載する商品の写真を思い起こさせる。例えばパソコン周辺機器系のものだと、全体のデザインやどういったモノと接続できるか等の情報は最早必須である。しかし、なんとなく格好よく見える角度からの写真しかなかったり、画像がチープで本来の質感を感じさせない写真。魅力を伝えない情報で構成されている場合を思い出す。但し、機内食はにはメリットもあって、機内食を全部しっかり食べると、渡航先到着後に大抵お腹の調子が悪くなる。美味い不味いの問題ではなく、座り続けるなかで通常と同じように食べること自体が、私には合わないようだ。これももう少し考えるとユーザの使っているネットの太さ細さにこじつけて教訓に感じることもできるかもしれない。

客室乗務員に戻って、もう一つ見るべき点がある。日本発の国際線の場合、大抵は日本語を話せる方が一人はいる。体格は体積比で1/2から2/3、機動力約二倍、気の付きよう約三倍、が平均値。言葉は通じるし、客を客とみなして接する点が、当たり前なのに嬉しく感じさせる。でも、感化され様に個人差がある。その日本人客室乗務員の影響が、機内全客室乗務員に及んでいるケースには出会ったことはない。大抵はその日本人が影響を受ける側だ。悪貨は良貨を駆逐する。微妙に日本人らしい心配りが変質している。それが鼻に付くところまで行っているか、そうでもない範囲か、見ていて興味深い。勿論これでもサイト作りを思い起こす。何となく楽だから、何となく今風だから、でサイトを作って行く姿。無意味なデコレーション、流行という思考されていない構成。訪れる人にどの様に映るのか。エンドユーザの視点を忘れまい、と思わされる。

映画。貧乏性な私はいつまでたっても楽しみにしてしまう。しかし今回は少し参った。まぁ往路はともかく、復路はひどかった。復路は五回の映画が上映されたが、三種類だった。二本は各二回上映。それぞれ最初の上映のときはまだ出発して間もたっていないので皆が見ようとする。基本的に機内は皆が見れるようには作られていない。何人かが背伸びするように見入れば、後ろの何人かは確実に見ることができない。私は後ろの方で一生懸命首を左右に振って画面を追う。疲れたなんてもんじゃない。で数時間後、皆が寝静まった頃、同じ映画が上映される。先に言えよ。ジャンボとはいえ乗客約400人。その400人に今日のフライト情報のコピーくらい作りなさい。コンビニでコピー作っても4000円の出費で情報を手元に渡せる。eショッピングほど悪い体験をさせているものはない、という方もいるが旅行も負けず劣らずである。時間を使い、最終的には一ヶ所に絞り込んだところでサービスを受ける。利用される状況は似ている。もしかしたら、そこでその購入するのも、その旅行をするのも、一生涯で一回きりかもしれない点も同じだ。サービス提供側の努力を改めて考えさせられる。本当に気分のいいショッピングならまた来る、本当に楽しい旅行ならもう一回行く。

そして目的地に到着。ゾロゾロと通路を歩いていくと、「弊社をお選びいただきまして誠にありがとうございました…云々」という切って貼ったような丁寧なアナウンスの中、笑顔で全客室乗務員が友人を送り出すようにたたずむ。う~ん、そんなサービスだったか? サービス提供側が心の底から精一杯尽くし切りました、という顔をされても、何だかとっても白ける。あ、あの指で指図した奴だ。あ、あのお茶を膝の上にこぼして気付きもしないで進んでいった奴だ。私の記憶によるとそんな感じだ。友人になった記憶はない。さて、そんな「体験」をさせていないだろうか、自分の関わったサイトでは。

多分活用しきれもしない情報入力を求め、それを入力しないと次画面に進めなくし、何画面も飽きるようなキータイプをさせて、微々たる価値を提供していないか。本当にユーザは喜んで次回もここを訪れてくれるようにしているか。画面という半分ヴァーチャルな世界ではピンと来ない状況を、○社機内では存分に擬人化して味わえる。貴重な場だ。腰は痛くなるし、気分は悪くなる。でも、こういう自分の感じ方も含めた定点観測も必要かもしれない。でも、いつか○社のサービスがガラッと変わった瞬間に立ち会いたいっていう想いもある。そんな日は来るだろうか。使い易いWebサイトが巷に溢れるのと、どちらが先だろうか。

以上。/mitsui

ps.機外編:

US出発時には、チェックイン時のボディチェックでは靴まで脱がされる。ベルトのバックルが引っかかったらしく、物々しいチェックをされる。出発予定時刻まであと10分。バックルが引っかかったおかげで、手荷物に入れていた3台のPCの起動確認が忘れられた。もとよりハサミも含めてNGなモノは入れていない。私には時間が省けてラッキーだが、本末転倒だぞ。

チェックが済んだら、3人の関門が待っていた。ボーディングパスを見せろとそれぞれが言う。急いでいると伝えても、とにかく見せろという。見せると、急げという。それを三回繰り返した。そのチェック係は、自分の同僚がすぐ横で何をやっているのか見ていない。自分に与えられた使命=目の前を横切る者全てのボーディングパスを目視せよ=だけを懸命にこなしている。もはや滑稽を超えて迷惑だ。4人目が居たら問題を起こしそうなくらい腹を立てながら、サイトを思う。横の部署が開発しているセクションに無関心なサイト構造、ありがちだ。隣はなにをするひとぞ。類似情報を何度も入力させられるユーザは、これほど腹を立てているのだろう。

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