Flash 今現在、私が担当している業務は大きく分類して二つ。RidualとFlash。Ridualから見て、Flashは三つの意味を持つ。1つは、解析対象。次にRidualが将来的に吐き出すアウトプットへの期待、そして最後が予算的な問題。 Ridualは、まだVer.1(V1)の販売にも至っていないのに、私の頭にはV5位の姿がおぼろげながらある。RidualはデータフォーマットとしてXMLを採用している。ここにFlashとの接点がある。FlashはXMLファイルを読める。Ridualでサイトの論理構造を描き、適切なXMLを生成すれば、Flashが汎用的なメニュー部分を担ってくれる、美しいインターフェースで。これがV2かV3辺りに実現したい夢。 Ridualはまだ販売していない。販売しない限り利益は出ない。ただR&D的に進めていけるほど会社は甘くない。何かしら収益性のある仕事をやるという条件でRidualプロジェクトが成立している。Flashの勉強をしながら、提案例を考え、システムインテグレータ(SIer)っぽいパフォーマンスデータを取る。同時にRidualでの解析サンプルを作成する。Flashが無視できないほど活用されているからこそ、何かと上手くかみ合った形で進んでいる、時間が足りないことを除いて。 Flashに絞ったカンファレンスが開かれて、何故かそこでお話させていただくことになった。様々な不思議な縁が重なり合い、声をかけて頂けた。なんとRidualの初期の姿を知る人までが、絡んでいる。狭い世界だとは言え、やはり不思議な気がする。 さて、そのFlashである。Ridualと離れた部分での何をやろうとしているかと言うと、Webアプリケーションのユーザインターフェース(UI)としての活用がテーマだ。アニメーションツールとしての側面は余り考えていない。純粋にWebアプリのUIに絞った活動をしている。 従来のFlashファン(最近はFlsherというそうだが)からは嫌われそうな活動である。そんなのFlashじゃないと言われる。Flashをツマラナイものに使うな、とも言われる。でも、正直言って、Flashをいわゆるデザイナに独占させるには勿体無い、エンジニアにも使わせろ、というのが出発点。 Flashとの出会いは、まだFutureWave社の製品だった頃に遡る。GIFのファイルサイズをどこまで落とせるかが、優れたWebデザイナであると言われてた時代である。あの時の衝撃は忘れない。ベクトル系のWebグラフィック。とにかく軽くて美しい。「蟹さん」マークの箱を買い、通常ソフトの箱には執着しないのだが、あの箱は暫く手元に置いておいた。 そして、段々と進化していく姿を眺めていた。生業としている業態が余りFlashを許してくれなかった。だから仕事で使う機会が殆どない期間が続く。でも、機会があればFlash関係のセミナーなどには顔を出し、余り離れないように努めた。 Webを眺めていても、いつも驚かされるのはFlashだった。カンヌかどこかで最初のWeb系の賞をとったサイトも、Flashだった。マウスに反応するUIを飽きることなく見つめていた。中村勇吾氏のサイトを知ったときも、ため息をつきながらいじっていた。そして、氏のサイトで1つの「教え」に出会った。 それはマウスを動かすことで、画面上に規則的に並べられたポイントを中心に円が拡大縮小するものだった。マウスとそのポイントとの距離に反比例して円の半径が計算される仕組みだ。マウスを近づけた点の回りが大きくなり、離れるに従って小さくされる。 当時、私の悩みは有り余る文字情報を載せるスペースがHTMLには少ないという問題だった。文字ばかりを並べても読んではもらえない。読みやすい工夫は必要だ。その必須項目にマージンとか行間とかの空白のスペースがあった。それを十分にとると、結果として一ページの画面サイズが縦長になり、下のほうのモノは読んでもらえない。袋小路状態。煽るようなコピーで次画面に誘導するようなことで急場をしのいだ記憶がある。少し後ろめたさを感じつつ。 Flashは、普段は小さくしておいて、マウスによって見たいと意思表示された領域を拡大して見せれば良いじゃないか、と教えてくれた。俯瞰(一望)性と詳細表示の両立。目から鱗だった。小さな画面が無限の広がりをもって見えた。更にノーリフレッシュサイトとマクロメディアが呼ぶ「作り」を見て、タブなどの部品を配することで、一つの画面が幾らでも増殖できることを目の当たりにする。惹き付けられた。 これで仕事がしたい、と感じた。FORMタグを駆使して作り上げた情報のやり取り画面の次の世代。ユーザが入力すべきことをアプリが拡大して促してくれる業務アプリの時代。別に人工知能が必要なわけじゃない。どのデータの次にどのデータが入力されるべきかを決めておけば良いだけである。いつも山ほどのテキストボックスを見せられて、前例を探し、セクレタリーに記述例を教えてもらう時代からの脱却。初めてそのフォームに触れる人が、迷わず入力できる世界。Flashがその道を見せてくれている。 しかも、Flash Remotingがデータ転送量を減らしてくれている。アクセス数を伸ばしたい、けれど伸びればサーバ負荷が増えてスケールアップする必要がある、そんなジレンマへの福音だ。Flash Remotingの資料には、JavaだのWebサービスなど、SIerなら放っておけないだろう、と言わんばかりの言葉が並んでいる。エンジニアへの挑戦とも感じている。 そしてもう一つの想いが膨らむ。これまで、SIerに所属する身から言えば、エンジニアとデザイナの共存協労という観点から見たならば、Webサイト構築は失敗の歴史だったと思っている。しかし時代が変わってきている。動けばよい、機能すればよいという時代が終わろうとしている。いかに気持ちよく使ってもらえるかが「機能」と見られるようになって来ている。エンジニアとデザイナが不仲で良かった時代は終わる。そんなマネージメントをしている企業自体が姿を消すからである。Flashはその引き金だ。 データベースから情報を引き出してくるノウハウ、それに価値がある時代。そのノウハウが多数のエンジニア層が故に一般化した情報になっていく。こなれた技術と呼ばれる時代。誰が作っても同じ性能が出せるようになる時代。その中で差別化していくにはどうするのか。デザインである。見た目のデザインだけではない。使い勝手の設計(デザイン)が最大の差別化のポイントになる。あそこに作らせると何か使い易いんだなぁ、そう言わせるノウハウこそが益々重要になってくる。勿論それが全てFlashの縄張りではない。適材適所。HTMLの方が適している場面もまだまだある。その切り分けも重要なノウハウだ。 XMLだ、Webサービスだ、.NETだ、とエンジニアサイドだけがWeb界を引っ張っていっている感じがする。でも、どっこいUIやユーザビリティは健在だ。かえってやるべき事が山積みだ。サーバ側しか見てこなかったSIerには、大きな波が襲ってくる。間違いなく。うかうかしていられない。…

Continue Reading

Flash Conference 2003 Flashに特化したカンファレンス。Flashの様々な顔を間近に見れた一日。公式発表はまだないけれど、約2000人。当初1500人目標とどこかで聞き、しかも有料で大丈夫かと心配したのは、老婆心もいいところだった。 構成は、午前中にキーノート。CEOロブ・バージェス氏、お馴染み田中CTO、そしてドコモの夏野氏。午後から3トラック(デザイン/コンテンツ、アプリケーション、デバイス)各3セッション、計9セッションが行われた。そして全セッション終了後にFlash系コンテストの受賞作品紹介。セッション会場の他に、各種スポンサーの出展ブースコーナ。 私が話したのは、アプリケーショントラックの2番目、「Flashアプリケーションの開発と機能としてのインターフェース」。Flash技術集団として有名な2ndFactoryの齋藤さんとの異色のコンビ。実は開催前には「何故、NRIなんかに?」とも言われたヒヤヒヤのセッション。 しかし、プレゼン資料と格闘している2日前の深夜に送られてきたmailには、事前登録712名とあった。プロフィール的には、ややエンジニア系(36%)がデザイン系(32%)より多い程度。経営者層も13%程いて、少しFlashに関心を持つ層が変わってきているのを予感させた。 会場ではもっとそれを実感することになる。会場は満杯。2ndFactoryの知名度が半分以上の原因だろう。しかし、スーツ姿の方も目立つ。やはり、客層が変わってきている。話し始めたときは緊張して余り会場を見れなかったけれど、少し慣れてきたときに気がついた。立ち見客の中には床に座り込む方たちがいる。 時々無理を言って参加させてもらっているアメリカのカンファレンスみたいだ。アメリカは嫌いになったけれど、あの雰囲気は今でも好きだ。それこそ老いも若きも、好きなところに座って、自由に議論する。話を聞いているだけじゃない。私の英語力では分からないところも多いけれど、髪逆立ててピアスをうじゃうじゃつけたようなデザイナが意見をいい、それに対して初老のスーツ姿が真剣に頷きながら意見する。そんな意見の応酬はすがすがしい。今回は議論こそしなかったけれど、真剣に画面を見詰めてくれる床に座り込んでる方々を見ながら、数年前のギラギラしてHTMLの技術を身に身に着けようとシャニムになっていた頃を思い出す。私自身も次のセッションは床に座りこんで聞き入った。お尻は痛くなったけど、なんだかホームポジションに感じる。 なんだか元気のなくなってきているようにさえ見えるWebの世界で、こんな熱いものって、Flashの他にあるんだろうか。いや、Webを離れても、これだけの年齢層の幅に受け入れられ、これだけの多彩な才能に注目されている技術が他にあるんだろうか。もしかしたら、ゲームやアニメーションの世界にはあるのかもしれない。でもこの程度の告知で2000人を集客できるものは少ない気がする。 当初は前半後半で分けて話すというストーリーだったけれど、一緒にやったプロジェクトもあるので、テーマ毎に交互に話そうということにした。もう少し齋藤さんに話してもらった方が、聴いている方の希望に添えたかもしれないと反省をしたのだが、2人で合意した路線は、「デザイナもエンジニアも変わろうよ」。今のままでは立ち行かないよ、というメッセージ。 デザイナには見た目のデザイン以上に操作性のデザインへ、エンジニアにはDBばかりでなく操作する人間も含めて「システム」なんだよ、と。メッセージだけじゃなく、実際に時間入力のFlashアプリを開発する上で、どんな経路を辿ったのかの例示、私の方からはエンジニアがデザイナに歩み寄るにはどんな方法があるのか等を話した。図に乗って、Macromediaさんの情報提供のあり方等にも注文をつけるような発言までした。 絶対に時間が足りないだろうと言いつつも、予備のプレゼンを用意していたのだけれど、結局それもお見せした。それでも終了は予定の2分前。何か話し忘れたことがあるかもしれない。 齋藤さんも日頃、システムインテグレータ(SIer)と仕事をする上で感じている改善点に触れ、私もSIerとしてデザインに取り組む重要性を踏まえて語った。準備段階で二人で話すとき、どこまでが世間の常識で、どの辺りから聴いてもらって喜んでもらえるのかが分からなかった。だから、Macromediaの方にも、何度も質問した、「これで面白いですか、聴く価値ありますか」。 講演後何人かの方が来てくれた。若い方が、「良くぞ言ってくれました」と感想を伝えてくれたとき、この講演の話を受けてよかったとゾクっと来た。私より年配の方が、「我々も同じ苦労をしているのです」と口にされたとき、こうした悩みと格闘しているのは自分達だけじゃないんだと励まされた。各人所属している組織の利益とか縛るものは存在するけれど、それとは違う次元での連帯感。Flashという共通基盤の上に住むものとしての連帯感。しかも、心地よい連帯感。あぁFlashに出会えて良かった。 でも講演を終えて少し考えた。私はこのプレゼンのために用意した画面は46枚。齋藤さんは8枚程(動きが付いているので枚数は数えにくい)。しかし、講演を聴いた方の脳裏に焼きついているのは、恐らく齋藤さんのあのインタラクティブな映像だろう。う~ん、デザイナってずるい。でも、それがデザインの「力」なんだと思う。エンジニアはこれを活かさないと。 尚、齋藤さんのメインメッセージは、ユーザーインターフェース(UI)の重要性。ここは、違うセッションを聞いたときにも考えさせられた。現在、Flashは単にパソコン上のブラウザの枠から飛び出そうとしている。少しだけ聴いたデバイスセッションでは、組み込みの世界でもFlash活用の道筋は出来上がりつつある。これは、その世界のUIデザイナが求められる、ということである。パソコンという世界以外の制約がある中で、UIの良さを追求していく、そんな道もFlashの先にはある。Flashの懐は深い。 色々と他の感想も書きたいけれど、私の最大の収穫の話を最後に。この1日の最大の山場は、実は最後の最後に来た。そのflaファイルには、連夜のプレゼン準備で襲ってきた睡魔も敵わなかった。一気に目が覚めた。 だらだらと続くFlash受賞作品紹介の最後に登場したのは、山本真也氏。作品は「SINPLEX SHOW」。落ちてくる水滴にカーソルを合わせることで作品の行き来ができるインターフェース。ご自分でも操作しづらそうだったが、見せてくれたのは、ブランコの周りにたむろする親子。3人の子供達がそれぞれのスタイルでブランコに乗っている。お父さんが小さな子のブランコの反動を付けてあげている。ただそれだけ。延々続く。映像は全てシルエット。白画面に黒の人影のみ。…

Continue Reading

人参 眼の前に何があったら、前に出る気持ちが増幅されるか。どんな人参がぶら下げられたらやる気になるか。何が自分のモティベーションを上げ下げさせるか。 先日ある話を聞きながら、色々と考えてしまった。Web界でもっと頑張ろうとする条件は何だろう。金儲けだろうか、技術的好奇心だろうか、会社や上司の指示だろうか、流行だろうか。不況の中でWeb界の相場も下がってきている。そこで生きる人達の生活は苦しくなっていると言えるだろう。バブリーな話を聞く機会は明らかに減っている。苦しい人たちに何をメッセージすれば、この状況を打破できるような活性化が望めるのだろうか。 そこでは、どれだけ儲かるかが語られた。市場規模、今後の明るい見通し、ユーザ動向。様々な右上がりの折れ線グラフをもとに、この世界に入るといい事ありますよ、と。普通では身近に感じる訳もない数字を、いわゆる紳士が延々と並べる、笑顔で。これがビッグビジネスですよと言わんばかりに。 別に法に触れるような胡散臭い話じゃない。何処から見ても立派なビジネス。ただ、その分野をどう考えるかには個人差が強く現れる分野とは言える。 その分野の好き嫌いの前に、何か引っかかるものがある。どこか昔に経験しことのある匂い。才ある者を囲い、労する者よりも、腕組して座す者が儲ける仕組み。クリエイタを持ち上げてヴィジョン(絵だけではない)を描かせて、1枚300円ねというビジネススキーム。もちろん、そんな言葉にしたら、理詰めで反論されるし、その反論に抗するだけの理論武装はできない。それでも直感がそうささやく。 でも、そもそも、「儲かります」というのが、クリエイタへのメッセージになるんだろうか。クリエイティブなアイデアを出す人も、人の子なので霞を食べて暮らしていける訳じゃない。以前書いたように、自分が豊かにならなくては他人を豊かに出来る訳などないと思っているので、豊かになるための経済的支えは必須だ。その意味で儲けは欲しい。でもそれは目的じゃない。 才能溢れる「クリエイタ」がライセンス料のことだけ考えているような「人」になっていくのを何度か見たことがある。それは「悲しい」とか「哀れ」とかではなく、なんだか「無惨」という印象を持つ。本来の翼を自らもぎ取り、それでも以前の自分であると錯覚しているような感じ。見てて辛い。 聖書にこんな言葉がある、「金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい(伝道者の書5章10節)」。有り余る富を手にしたことはないけれど、なんとなくそうなんだろうなと思える。ノルマは達成しても新しいノルマが与えられる。ノルマを達成したときの満足感は、新しいプレッシャーに変わっていく。その収益の数字を、収益を生む方法自体への愛着よりも上に置いたならば、多分何かが崩れたサイクルに陥る。数字は結果だ。それを求める方法論を考えることまでは否定しないが、数字を追い求めることだけを目的に進んではいけない気がする。なんでもアリの世界になり、満足感からも遠ざかる。 それに比べて、作品を作り上げた達成感、満足感は少し異なる。もちろん、やり残したと自覚するタスクはほぼ毎回残るだろう。満足しきることはない。でも何か違う。全力を尽くしたという想い。何ともいえないあの心地。作り上げたものから学ぶことがある。それが次回の土台に繋がっていく。次回何かもっと上手くやれそうに感じる。更なるチャレンジをしたくなる。何よりも満足感や喜びがある。特にWebの世界は独りよがりを牽制する仕組みが備わっている。他人とつながってこそ価値が出る世界だ。自分の満足感は誰か他人の喜びにどこかでつながっている。これがあるから、この創造の現場から離れられない。 クリエイタを集めたいなら、こうした人参が必要だ。更に、一時の寄せ集めでない限り、こうした条件を出し続ける必要がある。でも、Webの世界でビジネスモデルという言葉がはやりだしたときから、この辺りを考える人が減った。そして、未だに札束で頬を叩くようして、「ほれ、欲しいだろう?」という勧誘をする。その誘惑が強いことを知っているが故に反発を感じる。そうしたワンパターンの勧誘の仕方自体にも、人間をなめているようで怒りも感じる。もうやめようよ、そんな方法は。そんなやり方で才能を釣っても育てられない。 クリエイタ達を誘いたいのならば、そこがどれだけ楽しいかを示せばよい。煽る必要などない。モノ作りの楽しさを知っている人は、それに敏感だ。更に人づてに伝わる速度はWebが加速してくれている。だからどれだけ楽しいかの実現に努力すればよい。クリエイタを欲しいのは、自分達でアイデアを出せないからだ。喉から手が出るほどそうしたアイデアが欲しければ、もっと大切にすればいい。姑息な手段は不要だ、単純明快な方法が一番ストレートに届く。 煽られてその世界に参入して、実体に落胆して去った人たちは二度と来なくなる。それはサイト訪問で皆がウンザリするほど経験済みだ。張子の虎にはうんざりだ。技術にしても、市場にしても、参入したことを後悔させるような体制で、才ある人を迎えるべきではない。 参入してその魅力にとりつかれた人は離れない。そしてその対象をどんどん強くする。初期のブラウザもストリーミング技術もC++もJavaも、飯よりもそれが好きな人の姿が垣間見えた。その人たちへの信頼が、より大きなコミュニティを生んだ。信頼に足る人をどれだけ魅入らせることができ、尊重できるかがスタートポイントかもしれない。 人の働き方は変わって来ている。工場の生産ラインでさえ、一人一工程という流れ作業よりも、一人で一製品を完成させたほうが効率が良いという人たちが出てきている。その差は何か。流れ作業を遅延させる工程をどう組み合わせるかの難しさと、一人で完成させる喜びにあるように感じる。喜びのある労働では、人は工夫する。より高みを目指す。そこが機械とは異なる根本的な点なのだ。 テレビで見たその工場では、その担当者が一番働き易いようにするのはどうすれば良いかを真剣に検討していた。制服姿のおばちゃんが特製の作業ユニットに座り製品を作っていく。それを工場長とかお偉方がメモをしながら見つめている。どこにどの部品を置けば、その人が作業し易いのかを検討しているのだ。もちろん、こうした方法が万人に適応できる訳ではない。その工場でも、そうした一人完成型作業を望む者も数パーセントで、実際にそれが可能な人は更に絞り込まれる。でもその画面を見ていて思ったのは、恐らく製品を完成させるという能力において、そのおばちゃんはその工場長よりも遥かに高い能力を持っていること。そして恐らくはその工場長はそれを自覚していること。更に、その能力を更に発揮させる、発揮してもらうにはどうすれば良いかを真剣に考えていること。そしてそうした考える作業はそのおばちゃんより工場長の方が長けているだろうこと。更にそうした上手く複雑にかみ合った「才」は、その工場でしか意味がない可能性が高いことが面白い。同じ登場人物で、同じ状況でないと、試すことすら出来なかった「場」があるように思う。 そうした「場」を作り上げることを、マネージメントと呼ぶのだろう。才を集めるのも、才を育てるのも、それ次第だ。そのおばちゃんをその工場につなげているのは、金銭的条件が全てではない。自分の能力を引き出してくれる可能性にも魅力を感じているだろう。そんなのも全てひっくるめてマネージメントなのだ。 アプリケーションのユーザインターフェースは、人の心の機微まで察して作られるようになる。単純なテキスト入力ボックスが羅列されているモノをアプリとは呼ばない日が来る。マネージメントも同じだ。金だけ積んでさぁ魅力的でしょ、なんて言っていては鼻で笑われる時代が来て欲しい。あと3~5年で、クリエイタ、デザイナ、エンジニア、マネージャが混在してやる気を維持しつつ協労する時代が来ると思っている。そう出来つつある企業が生き残っていく。そうでない限り日本の産業空洞化は行き着くところまで行っているだろう。マネージメントに残されている時間は少ない。 もう一つ。求められている者達も、座して状況が改善されるのを待っていては駄目だろう。さとくあらねば。陳腐な誘惑には乗らない。見極める目も大切だ。自ら動くことも。待っていても良いマネージメントは湧いては来ない。 以上。/mitsui

Continue Reading

うざい Ridual開発陣の中に、「うざい」という言葉を使うメンバがいた。私は彼女のその言葉をかなり信頼していた。 うざい (主に若者語で)面倒だ。うっとうしい。「うぜえ」とも。〔「うざったい」の略からか〕 三省堂「デイリー 新語辞典」より   うざった・い (形)俗に、ごちゃごちゃしていて煩わしいさまをいう。うざっこい。 三省堂「大辞林 第二版」より 自分が気に入ったサイトやおかしいと思ったサイト、あとは開発中のRidualのインターフェース…、様々なモノを見てもらって、評してもらう。彼女が良いと思った時はそれなりに言葉が重ねられるが、駄目だと思ったモノには「うざい」と一言だけで返される。どんなにお金をかけたものであろうと、知名度があろうが、容赦ない。一刀両断。 最初にその判断に触れたとき、何故彼女がそう感じるのか、何が彼女にそう感じさせるのかを知ろうとし、言葉にしようとした。でも、直接彼女に質問しても「だって、うざいじゃないですか~」の一言で深彫りすることすら出来なかった。そのうちに、私が何かを見せる、彼女が「うざい」か「うざくない」かの2択の判断をする、私が対策や対応を考えるというワークフローが出来上がっていった。彼女に質問しても理由は分からない。でもその直感的な判断は身近の誰にもない特性だった。得難い逸材だ。 Ridualは今でこそ、ページ間のリンクやリソース関係のみを扱っているが、当初はページ内のデザインパーツにも踏み込んでいた。最近はCSSで書かれることも多くはなっているが、ページ内のレイアウトは基本的にはTableタグで書かれるのが主流だ。そのレイアウトのパターンから配置するリソース、更にはそのリンクやformタグ等、様々なHTMLの機能要素をよく使われる単位でまとめて「ユニット」に再編成して、サイト構造を記述できるようにした。 まぁそこそこの記述は可能で、それなりの形にはなったと思っていた。サイトを開発する際、ソースを見るまえに、tableがどうのような形に配置されているのか等を一目瞭然の姿にした。どんな絵が使われていようと小さなアイコンで、そこに絵があることだけを表示したので、純粋に構造だけを把握できた。更にその構造自体をコピーペーストできたので、複製ベースのサイト構成はまぁまぁ楽だったと今でも思っている。但し、これはまだDreamweaver等でもtemplate機能がまだ整備されていない時代の話。 ところが、こうのようなHTML機能をブロックのように扱うには致命的な問題があった。一つは新規に作成する場合はまだ良いが、既存のサイトをこの世界に持ち込むことの困難さ。HTMLコードをこのユニットに翻訳してやる必要があった。もう一つは、1ページを作成するのに必要なユニットの数が半端なものではなかったこと。 後者は、その「彼女」に一言で切り捨てられる。うざい。時間もコストもかけている。ない知恵絞って泣きながら実装してきたものである。数分使って、この一言。チクショウと思って聞きなおしても、「だって、うざいじゃないですか」、と理由を考えるのも”うざそう”に笑う。当時のRidualは1ページに数十のユニットが乗るようにしてサイトを作って行く。操作する人間の限界から考えると50ページが上限だったかもしれない。どのリソースがどのページにリンクしているか等、分かり易くはあったが、こんな感じでサイトは作りたくない…そんな直感がうざいと言わせた、と理解した。 悔しかったし、なんとか見返してやりたくて色々と考えた。上司からの課題といった種類のものではない。自分よりも二回り近く年下の娘の一言が相手である。真剣だった。何故こうした構造で作ろうとしているかとか山ほどの言葉を並べる自信はあった。でも、彼女が使いたいと思わなければ、多分世に出しても無理だと直感的に感じとった。彼女の「うざい」という言葉が、これからのWebサイトやWebアプリケーションの大きな評価軸になると予感した。うざいサイトは敬遠される、うざいアプリは使われず朽ちていく。 で、捨てた。ページ内に関わる「ユニット」を事実上全てボツにした。残されたのは、ページ関係を示すページ,ゾーン,Url,コメント、そしてリンク。それまで私がやってきたことは、イメージユニット,フォームユニットやレイアウトユニットと言った画面内の機能のユニット化であった。理論的に綺麗に作ったと思っていた24個のユニット。その多くがが一言で「(意味のある)無駄」になった。 決断時は脱力感があった。今までの苦労が報われない気が少しした。でも今は、英断だったんだと感じている。自分がどう考えたかに固執せず、ユーザが使いたいと思うかに焦点を移した。なんだ、Webサイトと同じじゃないか。その結果、Ridualは「解析ツール」としての力を手に入れることになる。設計図を描く段から、解析まで1つのツールで見渡せる。それこそがやりたかったことだ。そしてその後ダウンローダも実装され、今やURLを入力すれば他人のサイトがそのままコピーできて、自動でサイトマップまで作れるようになっている。Flashを含むサイトを解析して、そのサイト自身が提供するサイトマップとほぼ同じものをRidualが表示したとき、背筋にゾクっと来た。Ridualは、削ったが故に広がった。なんだか逆説的で面白い。…

Continue Reading

怒り 怒りは心の中で腐敗する。確か落合恵子氏がどこかで言っていた言葉だ。最近それを時々感じる。何かに怒りを感じ、それを心の中に貯めておくと、徐々に不機嫌である時間が長くなる。怒りを貯めながら、不平を言葉にすると、口から出た言葉が更に怒りを増殖させる。 クライアントのサイトを作るとき、余り仲間内で不平大会を開かないようにしていた。言い出したらキリがないし、自分で止められなくなると分かっていたから。どんなサイト開発も、実際のところ技術的な問題やアイデアの問題で壁にあたるよりもクライアントや上司を含めた開発メンバとの問題の方が大きかった気がする。いわゆる衝突状態や振り回される状態に陥る。 今までで一番衝突したのは、元COBOLエンジニアとがっぷり組んでサイト開発をした時だった。今から8年ほど前の話である。COBOLに限らずメインフレーム系の人たちは、開発の段取りがきっちりしている。Web界の人たちから見たら、ガチガチに見えるほどだ。でもそれは、そうしないと品質を保障できないから、そのような仕組みになっている。 元COBOLの彼には初めてのWebサイト開発。そんな彼にとって、Webのチャランポランさは許しがたいものに見えたに違いない。アイデアが出た途端にコードを書いて公開する。ミスが見つかったらすぐさまコード修正して公開する。DB定義も必要が出るたびにフィールド追加が次々と発生した。仕様書は事実上存在しない。たまりかねた彼は、公開一ヶ月前にコードフリーズしろと言い出した。リリース1ヶ月前からHTMLも含めて全てのソースコードの変更をするな、テストをしろ、と。COBOLの世界では当たり前の常識的なワークフローである。しかし、サイト開発は数ヶ月でリリースまで持っていく。ひどいのは工期が一ヶ月あるかないかだ。 まさに顔を合わせる度に言い合った。それが延々続く。結構まいってくる。でも負けずに話した。何故変更が必要か、どうしたいのか。彼の話も聞いた。何をリスキーだと感じているのか。何をすれば納得してくれるのか。上司が心配する程の間柄だった。でも全て表で言い合ったことが良かったと思っている。彼のいないところで、彼の悪口は極力言わないようにした。まぁ意図的にそうしたというより、クタクタで文句を言っている体力もなかったし、無茶なスケジュールだったので時間もなかった。で、そのプロジェクトは成功に終わる。クライアントには他社にない機能を提供できたし、そこのコアユーザにいかにも受けそうな機能だった。我々はチャレンジすることで体力も自信もつけた。 その後私はその会社を去り、彼も数年後に自分の会社を興すためにそこを去った。でもその数年後、彼からmailが届く。久々に会ってみると、一緒に組まないかと誘われた。結果的にその話には乗らなかったけれど、彼との衝突を色々と思い出してなんだかおかしかった。しかも彼が興した会社はUNIX系Webの分野に特化していた。分からないものである。 あの時飲み屋等でウサを晴らしていたならば、こんな関係にはならなかった気がする。そう言えば、お互いそのプロジェクトの間一度も呑みには行かなかったけれど、打ち上げの時には隣に座って祝杯を上げた。優等生的な言い方だけれど、私は彼から沢山学んだし、彼も私から多くを学んだと思う。今後一緒に仕事をするような機会があれば、またあんな衝突をするだろうけれど、多分もっと上手くやれるような気がする。 私の知っている同業者の中では、クライアントに振り回され続け、常に不平をブツブツ言う癖がついている人たちがいる。かく言う私も独り言ならかなり言っている。でも複数人で意気投合した文句言い合い合戦は避けている。こちらが文句を言っている間、多分先方も腹を煮えくり立たせている事が多いはずだ。お互いに「なんて馬鹿なんだ」となじり合っていて作られたサイトで、ユーザが気持ちよく歩きまわれる訳はない。 一人でブツブツと文句を言っていると、結構そういう自分が馬鹿馬鹿しくなってきて早めに醒める。何で先方がそんな反応をするのかを考えられるようになる。そんな時、カーッと熱くなっていたのが、昔桃井かおり嬢がCMで言ったように、「世のなか馬鹿が多くて….」と気だるそうに言えるようになる。余談だが、このCMは凄く好きだったんだけれど、「馬鹿」という言葉が引っかかって、台詞が差し替えられたと記憶している。たしか「おりこうさん」になった。断然「馬鹿」の方があっている。もう一度みたいCMだ。でも何のCMか憶えていない。 怒りを燃え立たせる方に力を入れないこと。これは短工期プロジェクトの必須条件かもしれない。坊主にくけりゃ袈裟まで、となりかねない。余計な誤解や判断が混じっていく。ただでも分かり合えないのに、わざわざ壁を増やすことはない。 でもそうすると、何でも事なかれ主義で衝突しない関係を奨められる。でもそんな中から本当の関係は生れない。お互い言いたいことを我慢するのは体に毒だ。今まで何件か間接的に支援したプロジェクトがある。こういう仕事が一番辛い。クライアントに直接もの言うことも許されず、間に立つ人たちの労苦を感じ取りつつ、言うべきことを言わなければならない。本質以外のところでひどく疲れた。 クライアントにしても、何も発注先に威張ることが目的ではないはずだ。発注先からのアイデアに従うことは負けることではない。そもそも陰口が多いプロジェクトは、どっちが勝った負けたというニュアンスがついている。誰もがある程度は楽しく仕事をする方法はあるはずだ。それはどちらがどちらを従わせるかではない。良い関係作りは良い衝突を繰り返すしかないように思う。 では、腐敗したモノを処理するにはどうすれば良いのだろう。先日面白い体験をした。飛行機で移動中、始終泣き続ける子と嬉しそうに大声で笑う子に出会った。同じ便ではない。どちらの場合もクタクタで私は寝たかった。どちらもそれを邪魔してくれた。でも前者に比べ、後者は後味が悪くなかった。楽しんでいる人を見ることは、悪いことじゃない。特に子供の無邪気な笑い声だったことも幸いしたと思う。金持ち父さんの嫌味な笑い声だとどうなるか分からない。睡眠を邪魔された後に心に残るものを考えながら、楽しむこと喜ぶことの大切さを考えた。 仕事で怒りが溜まるならば、仕事で楽しむことをすればいい。そんな理想主義の言葉が浮かんだ。でもハズレじゃない。出来ないことではない。そうやって考えることが、これからを考えていくことになるんじゃないだろうか。 以上。/mitsui ps. 7/18 発売の WebDesigning…

Continue Reading

機内サービス 約一年ぶりに海外出張に行く。航空会社は最近は○社に決めている。溜まったマイレージが惜しいというのが本音だが、もう一つ理由がある。 この○社の機内サービスは定評がある。悪い方の定評だ。海外旅行を知っている人に、○社で行くと云うと大抵は眉間にしわを寄せる。時には「マゾだったのか?」と真剣に聞く友人や、航空券がそれしかとれなかったのかと同情の眼差しを送ってくれるものもいる。 そんな機内サービスの劣悪さはもちろん乗っている私自身がよく知っている。けれど、○社に乗る理由は、自分の感覚をちょっと確かめたいためだ。機内で快適に過ごせたことなどないので、どうせならちょっと役に立つことをしようと思う。この機内で受けるほぼ全てのサービスが、私にはWeb上の反面教師になる。 先ず客室乗務員。多くが女性であるこの職種の体格を話題にすることは失礼この上ないとは重々承知で書く。体格がミスマッチである。サービスを提供する側の人間が、通路とほぼ同じ幅を持つ。客の誰もが交差して進むことができない。我がもの顔でサービスしてやっているという態度は、サイト管理者を思い起こさせる。セキュリティだ、サーバメンテだ、それぞれに充分に必要性も重要性もある仕事だが、さも自分がこのサイトの大将であるかのような振舞いでしたならば、きっとこの客室乗務員のように見えるはずだ。サーバは「お上(かみ)」のようなイメージで捉えられがちだが、実はサービスするもの、仕えるものから来ている。サービスを提供してやっていると思ったら、サイトの目的は主客転倒する。そもそも「来て頂く」という感覚の大切さを思い出す。 出発して食事も終わると映画が始まる。その時には窓を閉める、閉めさせるのが客室乗務員らの仕事だ。そのときの態度も勉強になる。客が寝ていようが何をしていようが、ポンポンと肩を叩き、無言で窓を指さし、指をゆっくりと下げる。一言も言わないこともある。もちろん機内はかなりうるさい、だから話しても聞こえない可能性は高い。しかし、客を客と思っていないのは明らかだ。どこのレストランで、客に窓を閉めさせるときにあんな態度をとるだろう。お茶を配るときも、客がコップを差し出しても、受け取りもしないで空中で注いだりする。間に別の客がいる場合など、どう考えても何滴かはしたたり落ちる。でも客室乗務員らは窓を閉め(させ)、お茶を配るというタスクをこなしていると思っている。私は何か勘違いしているように感じる。そんな彼らを見ながら、自分のサイトでこんな風に来てくださる方を扱っていないかと考え込む。 食事の予告は、ここ十年間、一枚の紙が渡されるだけだ。そこには、一見配られる時系列順にメニューが並んでいる。しかしよく見ると、「or」で結ばれたメニューが混じっている。何度見ても左右に並列に並べて書いた方が分かり易い。それでも、印刷の手間かデザイン代をケチっているのか直列に並んだものしか見たことがない。その紙切れを見ながら、もちろん頭はWebサイトのメニューレイアウトやラベリングを想っている。客がそのメニューを前に頭を抱えている姿、あるいは色々廻った挙句に「先に言ってくれよ」と文句を言いたくなるような難解なメニューを考える。 そして食事。よくもこうした素材をここまで不味く調理できるものだと感心する。別に私の舌は肥えている方ではないが、美味いと感じたことは殆どない。これはサイトに掲載する商品の写真を思い起こさせる。例えばパソコン周辺機器系のものだと、全体のデザインやどういったモノと接続できるか等の情報は最早必須である。しかし、なんとなく格好よく見える角度からの写真しかなかったり、画像がチープで本来の質感を感じさせない写真。魅力を伝えない情報で構成されている場合を思い出す。但し、機内食はにはメリットもあって、機内食を全部しっかり食べると、渡航先到着後に大抵お腹の調子が悪くなる。美味い不味いの問題ではなく、座り続けるなかで通常と同じように食べること自体が、私には合わないようだ。これももう少し考えるとユーザの使っているネットの太さ細さにこじつけて教訓に感じることもできるかもしれない。 客室乗務員に戻って、もう一つ見るべき点がある。日本発の国際線の場合、大抵は日本語を話せる方が一人はいる。体格は体積比で1/2から2/3、機動力約二倍、気の付きよう約三倍、が平均値。言葉は通じるし、客を客とみなして接する点が、当たり前なのに嬉しく感じさせる。でも、感化され様に個人差がある。その日本人客室乗務員の影響が、機内全客室乗務員に及んでいるケースには出会ったことはない。大抵はその日本人が影響を受ける側だ。悪貨は良貨を駆逐する。微妙に日本人らしい心配りが変質している。それが鼻に付くところまで行っているか、そうでもない範囲か、見ていて興味深い。勿論これでもサイト作りを思い起こす。何となく楽だから、何となく今風だから、でサイトを作って行く姿。無意味なデコレーション、流行という思考されていない構成。訪れる人にどの様に映るのか。エンドユーザの視点を忘れまい、と思わされる。 映画。貧乏性な私はいつまでたっても楽しみにしてしまう。しかし今回は少し参った。まぁ往路はともかく、復路はひどかった。復路は五回の映画が上映されたが、三種類だった。二本は各二回上映。それぞれ最初の上映のときはまだ出発して間もたっていないので皆が見ようとする。基本的に機内は皆が見れるようには作られていない。何人かが背伸びするように見入れば、後ろの何人かは確実に見ることができない。私は後ろの方で一生懸命首を左右に振って画面を追う。疲れたなんてもんじゃない。で数時間後、皆が寝静まった頃、同じ映画が上映される。先に言えよ。ジャンボとはいえ乗客約400人。その400人に今日のフライト情報のコピーくらい作りなさい。コンビニでコピー作っても4000円の出費で情報を手元に渡せる。eショッピングほど悪い体験をさせているものはない、という方もいるが旅行も負けず劣らずである。時間を使い、最終的には一ヶ所に絞り込んだところでサービスを受ける。利用される状況は似ている。もしかしたら、そこでその購入するのも、その旅行をするのも、一生涯で一回きりかもしれない点も同じだ。サービス提供側の努力を改めて考えさせられる。本当に気分のいいショッピングならまた来る、本当に楽しい旅行ならもう一回行く。 そして目的地に到着。ゾロゾロと通路を歩いていくと、「弊社をお選びいただきまして誠にありがとうございました…云々」という切って貼ったような丁寧なアナウンスの中、笑顔で全客室乗務員が友人を送り出すようにたたずむ。う~ん、そんなサービスだったか? サービス提供側が心の底から精一杯尽くし切りました、という顔をされても、何だかとっても白ける。あ、あの指で指図した奴だ。あ、あのお茶を膝の上にこぼして気付きもしないで進んでいった奴だ。私の記憶によるとそんな感じだ。友人になった記憶はない。さて、そんな「体験」をさせていないだろうか、自分の関わったサイトでは。 多分活用しきれもしない情報入力を求め、それを入力しないと次画面に進めなくし、何画面も飽きるようなキータイプをさせて、微々たる価値を提供していないか。本当にユーザは喜んで次回もここを訪れてくれるようにしているか。画面という半分ヴァーチャルな世界ではピンと来ない状況を、○社機内では存分に擬人化して味わえる。貴重な場だ。腰は痛くなるし、気分は悪くなる。でも、こういう自分の感じ方も含めた定点観測も必要かもしれない。でも、いつか○社のサービスがガラッと変わった瞬間に立ち会いたいっていう想いもある。そんな日は来るだろうか。使い易いWebサイトが巷に溢れるのと、どちらが先だろうか。 以上。/mitsui ps.機外編: US出発時には、チェックイン時のボディチェックでは靴まで脱がされる。ベルトのバックルが引っかかったらしく、物々しいチェックをされる。出発予定時刻まであと10分。バックルが引っかかったおかげで、手荷物に入れていた3台のPCの起動確認が忘れられた。もとよりハサミも含めてNGなモノは入れていない。私には時間が省けてラッキーだが、本末転倒だぞ。 チェックが済んだら、3人の関門が待っていた。ボーディングパスを見せろとそれぞれが言う。急いでいると伝えても、とにかく見せろという。見せると、急げという。それを三回繰り返した。そのチェック係は、自分の同僚がすぐ横で何をやっているのか見ていない。自分に与えられた使命=目の前を横切る者全てのボーディングパスを目視せよ=だけを懸命にこなしている。もはや滑稽を超えて迷惑だ。4人目が居たら問題を起こしそうなくらい腹を立てながら、サイトを思う。横の部署が開発しているセクションに無関心なサイト構造、ありがちだ。隣はなにをするひとぞ。類似情報を何度も入力させられるユーザは、これほど腹を立てているのだろう。

Continue Reading

ライフライン 遥か昔に読んで今尚心から離れない文書や絵がある。マンガばかり読んでいた高校生の頃に出会った坂口尚は今でも特別な存在だ。彼の作品はマンガというよりも、詩に近い。若くしてこの世を去ったが、今でも彼の新作を無性に読みたくなる。 代表作と言っても良いだろう作品に「12色物語」という短編集がある。12色をモチーフにした12編の詩のような作品集。中でも一番「彼らしい」作品が「朝凪」かもしれない。晩年彼はこの「彼らしい」というイメージと格闘していたような気もするので、本人にとっての代表作かどうかは分からない。でも何かを見つめる「眼差し」の彼の根底がここに描かれている。 余命少ない物乞いの老人が老犬と共に小さな観光町に辿りつく。人々は老人の姿に死を感じとり、不快とし、それを態度に現す。老人はどこにいても疎まれる。主人公の少年は悪ガキ達と老人をからかいもするが、次第にその「生」に興味を持つ。ある日、少年は老人と言葉を交わす。「お爺さん…さみしくないの…」と、問う少年に老人は静かに応える。 「うむ…ぜんぜんとはいわんがね…. でも…だれもが、みんなさみしいんだ… そのことを知っているし… だから、そのことに安心しているわけじゃない….みんな必死なんだ 必死になっているのはとても好きだよ… 必死になれないのは、さみしさを知らない人間なんだ ほんとうの孤独を知らない、孤独を見すえられないんだと思うよ… わしは….みんなが小さな暗がりをかかえて死に向かって歩んでいくのを想うとそら恐ろしさやむなしさより なんだか知れない巨(おお)きな力を感じる… 不思議な…そう…その不思議な力はどこかずっと遠いところから発していて人の中に入ると、その人自身の力をゆするように、そして今度は自分の中でからだのすみずみの力を出しきって何かを全力でやろうという力にふくらんでいく。 一生の時間に何ができるか….いや!どれだけできるか考えるんだ。 そんなふうに考えたら、もうジッとしていられなくなるよ… 毎日毎日ぼんやりしていられなくなる…」 坂口尚/12色物語/朝凪 独り言のような、会話のような、ぼそぼそと話す間合いさえ感じさせつつ、この台詞は描かれている。「必死さ」と「さびしさ」。対比したことさえなかった言葉はそれ以降私の心の中で対になって結び付けられた。 それから頑張っている人たちに出会うと、華やかな部分よりも、その孤独の克服の仕方、その孤高の道を感じるようになった。華やかな舞台の裏にある地道な生き方、そんなものが「支え」になっているのを感じる。甲子園でも、マウンドに立つ雄姿より、そこに至る苦労話の方が好きだ。…

Continue Reading

理解し合えぬ人たち Webの世界に入った時から、理解し合えぬ人たちとの出会いが増えた。1つのサイトを作り上げようという共通のゴールを持ちながら、気が付くと何故か互いの足を引っ張り合うことを重ねる。良きサイトのためのアイデア出しを目的とする話し合いでも、自分で何ら新しいアイデアを持参せず、相手のアイデアを批評し批判するだけの方々にお目にかかれる。 当初、そうした人たちのそうした価値観を正すのが自分の仕事だと思い込んだ時期があった。自分が何が何でも正しいという自惚れもあったかもしれないが、関わった人の中にある「変な」感覚を正常するというお節介な作業も仕事の一部だと思い込んでいた。 最近は違ってきた。結論から言うと、分かり合えぬ人たちはいるのだし、いても良い。自分が伝えるべき事柄を精一杯伝えたならば、それで良い。後のことは自分の責任ではない。そんな風に思えてきた。 そんな変化は、端的に言ってしまえば、そんなのに付き合っているとキリがないし、やるべき事が他にあるからだ。他人との意見交換は、それが合意であろうと反発であろうと、時間のかけようは無限大である。互いが話す気力があるならば、いつまででも話し続けられる。建設的な反論であるならば、聞く耳は持つ。いや、面白くて喰らい付くと言った方が正しい。同じゴールを見据えた、異なる意見との出会いには心がときめく。けれど、ゴールを見失った反論にはもはや付き合いたくない。 人の意見に文句をつけることは簡単だ。多分一番低レベルの会話の1つだろう、文句をつけることだけならば。でもそれをすることが如何にも偉そうな雰囲気をかもし出す場合がある。反論できるほど俺は賢いんだ、反論されるほどこの案はチープなんだ。そこにはアイデアや新しい発想に対する敬意がない。自己能力を誇示したいという欲求だけがある気がする。勿論その議論の目的への理解もない。ただ文句を言うだけの時間。その議論の時間が終了したとき、何を手元に残せばよいかを考えていない。そんな輩を相手にした話し合いの時間は長く空しい。 反論されること、ケチを付けられることは気持ちのよいことではない。それもあって補足説明を試みたくなる。それは誤解です、これはこういう意味です。それで真意を汲み取ってくれる人もいる。でも最初からケチをつけることを目的に参加している人には届かない。何を言ってもつけ入る隙を与えるだけだ。そう思えたとき、説明責任をある程度果たした後は、もう良いと思うことにした。ケチ付け人を見ていても、次の餌食を探しに離れていく傾向があるようだ。逆に言えば、執念深くケチをつける人は建設的にそのアイデアを見つめてくれている可能性が高い。 アイデアを実装していく現場では、アイデアメーカとアイデアキラーの両方が必要だ。浮き足立ったアイデアをそのまま現場に投げ込んだ場合、必ずしも良いものが生れるとは限らない。キチンと精査される必要がある。それを担うのがアイデアキラー達だ。メーカにとって、評価を受けることがドキドキする、緊張する、しかし楽しみでもある。キラーにとってどんなアイデアを精査させてもらえるのかワクワクする。そんな両者の関係がアイデアを強固なものにしていく。 Webサイト構築という絡み合うアイデアを出し合う場で、この建設的雰囲気を構築していくことは難しい。同じく世界に一つしかない優れたサイトを作ろうとするのに、違うところを見つめてしまう。 さて、Ridualである。実はこのプロジェクトは約三年ものだ。当初、XMLとWebというキーワードだけを与えられてスタートした。順風満帆の旅ではなかった。何を言っても分かってもらえない状態といった方が正しい。技術論を戦わせても、概念論で戦っても話にならない。かみ合わない。全然本質的でない部分で揚げ足を取られる。悔しくてたまらない。勿論、そういっても実装できるところまでやらせてもらえているのは、ここに何かしらの可能性を感じてくれて後押ししてくれる方々がいればこそだ。そして恐らく、私が無理解の中で苦しんだ以上に、そのパトロンはもっと逆境に立ってくれている。 今更静的ページを中心としたツールに何の価値があるのか、このユーザインターフェース(UI)では使う気にならない。有償で評価を依頼した人たちからも、改善要求ではなく根本否定の意見が届く。辛かった。アイデアを育てようとしない。最初から世界中から絶賛される品質で持ってこなければ評価してやらない、そんな態度、いや「壁」だった。良い点を探そうと努力もしない。一緒に育む気など毛頭ない。 でも、今手元にある最新版(Build#40)で最終テストを行っていて、誇らしい。当時の否定派に見せれば同じようにケチョンケチョンになじられるだろうが、多分意に介すことはない。多分動じないだろう。見ず知らずのサイトのURLを打ち込むだけで、綺麗なサイトツリーが生成される。解析速度も、従来1800ページのサイトに3時間かかっていたのが30分で完了するところまで来た(PenIII/1.4GHz)。懸念していた動的サイトの解析についても、動的に生成される多量な画面をツリーとして表示することの意味を感じなくなってきた。動的に生成される多くのケースでは、開発されるのはテンプレートとして使いまわされる極々少数のページと、後はDB廻りの部分である。ならば、そのテンプレートだけを拾えれば良いと思えている。記事サイトの一万記事分の一万ページをツリー状に視覚化されても嬉しくはないだろう。分かっていたと思っていたWebの世界を、私自身再整理して理解し直している。 まだまだ全ての点で整合性の取れた形にはなっていない。まだまだ我々が想定していないケースが存在する。でも世に出せる品質になったと思える。テストを進めるたびに、Webの応用範囲の広さを学んでいる。Ridualに解析させた結果を見つめ、おかしい点に気付く、そのページのソースを見つめ何故Ridualがそう考えたのか考える。別にRidualはAIではない、判定ロジックはシンプルだ。でも、もはや開発陣の中でRidualは擬人化している。人格を持っているかのように、チームの中でその解析結果は話される。「彼はこう考えた、正しいと思うか?」。 へこたれないで良かったと思っている。変に否定論と付き合わず、孤軍奮闘の道を歩んでよかったと思っている。生成されたツリー図も見ながら、TableをGUIで書けた時のPageMill開発陣の喜びを、DBとの連携をGUIで設定できたときのGoLive開発陣の嬉しさを、DB連携のライブチェックを可能にしたときのDreamweaver開発陣の誇らしさを、垣間見たような気がした。「凄いもん作っちまった」、笑われるのを覚悟で書くとこれが本音だ。本当に「凄い」かどうかは市場が判断するのだが。 最近元気の良い朝日新聞土曜日朝刊付録「be」に、陳大済(チン・デジェ)氏の言葉が載っていた。前サムスン電子社長にして、現韓国情報通信相。「頑張った対価は5年のうちには戻ってきた」。五年と読んだとき、長いと感じた。五年後を見据えて活動することは難しいと感じた。しかし、ドッグイヤー(一年=七年)説に立つならば、従来35年待たないと結果が見れないモノが、五年で結果を知ることができるのだ。これは早い。生涯に幾つかチャレンジしても損はないかもしれない。 自惚れと独りよがりと謙遜さの合間で、何人もの理解し合えぬ人たちとの出会いが、自分たちを鍛錬してくれている。Ridualは開発期間の最終局面に入っている。さて今までの鍛錬を我々は活かしてきたのか。発売まであと約一ヶ月。「答え」が見え始めるまであと約一ヶ月。 以上。/mitsui

Continue Reading
Back to top