コラム No. 34

人材育成と子分育て

人、特に後継者を育てる方法は多々あるだろうが、大きく二つに大別できる気がしている。特定の候補者に集中して育てていくタイプと、全体を対象に育てながら結果として数人に絞るタイプ。

どちらかというと、前者が圧倒的に多く目につく。これはと思う人間にどんどん仕込んでいく。常に侍らせる。何事も相談し、相談させる。上司が行けない会議でも、あたかも自分がいるかのような雰囲気を作り出す。

しかし、難点もある。その本人が高ぶらないか。結局決断を聞きに上司の所に行くので、単なる伝書鳩になっていないか。本人が自分のカラーを出すのを躊躇していないか。その本人はどうやって、「その次」を育てていくのか。そのタイミングはいつからか。その人ばかりが部長室に呼ばれて、チームメンバは平気なのか。実力はチームメンバ誰もが認めているのか。結局仕事の効率が良くなったのは、楽になったのは、その上司だけではないのか。

後継育成は一時の話ではない。絶え間なく続いていくものだし、後継者を意識することは、自分の引退も意識すべきものなのかもしれない。但し、引退とは文字通りの意味だけでなく、新しい開拓に出ることも意味する。自分が開拓した分野を、惜しげもなく次に譲り、新たな場に進んでいく方を何人か見てきている。そうした引退には、淋しさはない。荒野に向かっていく凛とした姿。あるいは、憧れ。あるいは、世俗的にもっと楽に生きればいいのにと、勿体無い視線。しかしやはり根底には尊敬の眼差し。

決められた一人、あるいは少数を育てていくのに対して、一度に全員を巻き込んでいく教育もある。上司が、誰とでも隔てなく話し、権限をプロジェクト毎にまわしていく。それぞれに適切にアドバイスし、自分のコピーを育てるのではなく、新たなリーダを育てる。自分のカラーを継承することは余り頭に無いように見える。いや、そもそもその上司自身が常にそのチームの中で影響を受けつつ変わってきている事を自覚している風にさえ見る。

だから、ある時点である仕事を任せられる人を指名せよ、と言われたら。多分毎回違う人材が頭に浮かんでいる。だからプロジェクトの方向性をみつつ、今回は誰々に任せる、と振り分けができるのだと予想する。当然ながら、上司に求められる能力は圧倒的に高度だ。仕事を見つつ、人も見る。でも、そのための役職なんだろう、本来は。それで、そんな上司から意外な局面で指名されると、アドレナリンが噴き出す。既存の忠誠心ではない忠誠心に火が灯る。

どちらのチームが強いか。根本的にはそのチームのメンバに依る。誰でも彼でも、チームを率いていける訳ではないし、仲の良い悪いもあるだろう。しかし、私の少ない経験では後者のほうが、打たれ強い。多少の波風では余りパニックにならない。いつも自分達なりに決断して実行していくことが訓練されているからだと思う。しかし、前者は後継者が余程リキを入れて育てていないと、チームメンバ各自が自分には命令が降りてくるものだと勘違いしていく。自分で考えないで、指示された方向に進むだけだと、ある意味楽である。どんなに愚痴や文句を言っても、決める責任はやはり重い。だから人は流される、楽な方へと。待ちうけモード。

デザイナは個性的な人が多い。昔はそれは褒め言葉だったけれど、最近は違う意味にも使われる。「コミュニケーションができない」という意味にも使われる。同じ仕事仲間、ツール仲間とは話ができる。しかし、その枠を超えられない。批判は多々聞くけれど、でもそれはエンジニアも同じこと。デザイナに負けず劣らぬ人見知りの強いエンジニアは多い。

そうした人たちが、上司やクライアントとの接点を減らすと、その人見知り度が加速する。全然話が通じなくなる。そうした問題を、その人は人前に出ないんだと片付けることはできない。得てして、ユーザーインターフェースの良いディレクタが倒れて、どうしてもそうした人が説明しなければならない場面は、一番辛い状況で降って来るものである。

また、どんなに良い後継者候補でも、その上司としか話さないと、その上司の癖にしか反応しなくなる。そうしたことは、こんな風に提案するんだよ。その上司にしか通用しないノウハウが誇りになる。その上司専属になった「かつての」有能な人は、少し哀れだ。

三国志を新たな視点と描写力で語り継いでいるコミック:蒼天航路 101話(コミック第9巻/文庫本第5巻)に、こんな話がある。曹操が、郭嘉(カクカ)ら軍師を呼んで一人ずつ報告を聞いている。人材についての報告を聞くシーン。

曹操:次ッ、人材! 郭嘉!

郭嘉:帰服を求めて続々と集まってくる諸侯を編成しておりますが、

    際立って優れた将が見当たらぬのが現状です。

曹操:話を先へ

郭嘉:また抜擢しようにも、凡庸なる将のもとに優れた兵卒がおるとも思えません。

曹操:先へ

郭嘉:…

曹操:答えの用意されておらぬ経過報告はいらん!

郭嘉:…

曹操:人材の登用は理(ことわり)だけで推し量るものではない。

郭嘉:…

曹操:明朝、捕虜を含め、全ての兵士を練兵で検分する。兵を塊として見よ。

    力を発している塊を見つければ、そこに実際に率いている者をみつけよ。

    次ッ!

この曹操に思い入れがないと分かりづらいと思うが、この会話はズシリと来た。自分は経過報告しかしていなかったか、自分にとっての常識だけで判断して嘆くばかりでなかったか。現場の動きを本当に見れているか。色々な言葉が頭を巡る。

エンジニア的力だけで、場をまとめている人もいる。寡黙だが、皆がその人の言葉を待っているようなチームもある。ガンガン飛ばしていくリーダーシップもある。ただただ粛々と指示された仕事をこなしていくチームもある。ひたすら論理的に努める姿に後押しされる時もある。リーダーシップの姿は様々だけれど、でも存在はしている。

そうしたモノをきちんと引き継いでいける職場。しかも皆をハッピーにして。本当に作れるのだろうか。バブルで沢山はじけてしまったけれど、世界に名を馳せている比較的小さなデザイン会社は、今でもこれを維持して行っているように見える。そうした所は闊達な議論が立ち上げ当初から消えないのだと思う。そこでは誰かの意見に追従するだけが賢いなどというモラルは恐らく薄い。誤った判断には誤りだと批判できる環境であり、誤解されてもキチンと説明できて挽回することが可能な場が用意されていることだろう。だから暴走しないし、皆で打たれ強くなっていける。

良い人材が少ないと嘆く声はよく聞かされる。それはこの郭嘉(カクカ)の台詞でとまっている状態である場合もありそうだ。

以上。/mitsui

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